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こんにちは^^

今日は、以外と語られることのない、

医学部編入制度の歴史と変遷について、

詳しく述べていきますね。

この記事を書こうと思ったわけ

医学部編入制度では、大学ごとに求める人材像が異なります。

たとえば、

大阪大学、名古屋大学、千葉大学などでは医学研究者や研究マインドを持った医師

弘前大学、旭川医科大学、福井大学などでは地域医療に貢献できる良医

が求められます。

 

各大学がどのような設立経緯をたどるか知ると(たとえば募集要項を見るなどをする)、

どんな人材を求めているかが大体わかります。

ですが、

医学部編入制度で求められる人材像は、

各大学の設立経緯のみならず、

医学部編入制度じたいの変遷も大いにかかわっているのです。

 

しかし、それが多く語られることはほとんどありません。

ですので、ここでは、編入学制度の変遷についてまとめていきます。

情報源

僕が編入学した大阪大学医学部では、編入学して最初の半年間、

学士編入学生を対象に基礎医学体験実習というコマが週2回用意されています。

これは、最初の2か月は基礎医学系の研究室を順番に回って研究内容の説明を受け、

残りの2カ月を基礎医学研究に使うというものです。

 

最初の2カ月間では基礎医学系教室の教授とお話をする機会がたくさんがありました。

その過程で、医学部編入学制度について、歴史・変遷・想いなど、色々とお聞きしました。

これは医学部編入学を目指すあなたに、きっと役立つだろうと思いました。

 

また、2005年に大阪大学の教授陣より、当制度の総括記事が、

2010年に北海道大学の学士編入学者より、編入学者への調査記事が、

それぞれ「医学教育」誌へ投稿されています。

 

この記事では、教授からお聞きしたお話や、投稿記事をなるべくうまくまとめて、

医学部編入制度の歴史・変遷について、

体系的かつ中身のある話をしていけたらと思っています。

【1975年】 医学部専門課程入学制度の誕生

第二次大戦後、これまで経験に依っていた医学が、

生物学と結びつくことによって飛躍的な発展を遂げました。

 

また、当時の生物学では、物理学者の手も借りて分子生物学が興っており、

生物学じたいも発展に勢いがつき始めていた頃でした。

 

このように、医学が急速に発展と拡大しつつあった1970年代。

当時、山村雄一先生など、医学界の大御所を抱えていた大阪大学教授陣は、

さらに医学を発展・拡大せしめるのは、異分野からの人材流入であるという考えのもと、

医学教育以外の高等教育を修めた人材を、医学部医学科に編入学させることを決定します。

 

これが後の医学部編入学制度の原型となる

「医学部専門課程入学制度」の誕生です。

 

当初は定員20名で始まり、

第1期生から各方面(教授、病院長、部長、社長など・・)で活躍しています。

 

この制度は、明らかに研究医を育てるものでした。

編入学生として受け入れた医学生には、すべからく研究の道に進んで、

医学の発展(知見の蓄積・機序の解明・治療法の開発)に寄与することが期待されたのです。

 

これは、医学部編入の募集要項を見ると明らかです。

今でも、大阪大学医学部医学科の学士編入学募集要項には次のように書かれています

「近年の医学・医療の進歩と細分化によって、医学は従来の境界を取り去り、広く関連分野の学問領域と融合しつつあります。医学が密接に連携しなければならない分野は、生命科学のみならず社会科学にまで及んでいます。本制度は、これらの学問的要請に呼応して、医学以外の分野(特に理工学系並びに社会科学系)を既に専攻した者、並びにその分野について相当の知識を有する者に医学の今後の進歩に寄与し得る道を開き、あわせて医学とその他の関連学問分野との融合を図り、将来広い視野をもった人材を育成しようとするものです。」

 

なお、1975年に医学部編入制度が開始して以降、

しばらくは(~2000年ころ)大阪大学医学部でのみ、医学部編入が行われることになります。

定員は20名でした。

【1990年ごろ】 バブル期前後

バブル期に入ると、日本の経済成長は絶頂を迎えました。

平たく言うと、資産運用と事業拡大に価値が置かれた時代です。

 

その時代の価値観は、「お金」「出世」。

大企業への就職と、そこでの出世に、何よりも価値が置かれた時代でした。

 

バブル期においても、医師という職業は一定の人気がありました。

ですが、時間をかけて手に職をつけるイメージが付きまとう医師は(じっさいその通りなのですが)、

この時代、一時的に人気が低下したのです。

なお、医学部に限らず、医療・福祉・教育など資格取得(=就職安定)に結びつく学部学科や、工学部のように時代を問わず就職に強い学部・学科の人気は、景気動向と大学生就職率に反比例する傾向にあります。バブル期やリーマンショック直前のように好景気と言われる状況では、志望学部の人気は「文高理低」となる傾向が強いです。

 

結果、

20名の定員が、10名に減少しました。

その後、バブルは崩壊しましたが、定員は10名のまま現在に至っています。

【2000年ごろ】 良医育成制度として全国に普及

1990年代後半より、

医学部編入を行う大学がちらほら出てきました。

そして2000年、文部科学省より次の通達が全国国立大学医学部に出されます

良医育成のため、いちど大学を卒業し、社会経験を積んだ人材を、積極的に医学部に編入させること」

この通達によって、2000年以降、医学部編入を実施する大学が急激に増加しました。

 

もともと、医学部編入制度と似た方法で医師を養成している国があります。

アメリカ合衆国です。

医師は、判断力、専門性、人間性、すべてを兼ねそろえる必要のある高度専門職です。

そのため、アメリカでは高校を卒業した18歳程度の若者をそのまま医学教育に進ませるのではなく、

いちど4年制の大学を卒業した人に対して、医学の道への門戸を開いています。

アメリカでは、医師は医学部でなく大学院で養成するのです。

これをメディカルスクールといいます。

一度職についたことのある人も、沢山医師を目指します。

大学既卒者を採ることで、人物・経験・学識に大きな柱が築かれているのが特徴です。

ただし、医師としての現役期間は高校卒業後の学生を取り入れるよりも短くなります。

 

いっぽう、日本では、

高校を卒業した若者が、そのまま医学部に入学して医師になります。

人物面でも学識でも、ポテンシャルはあっても一から育てなければならない。

また、ほとんどの人が他の職を未経験ですので、業界知識は医療業界だけ。

いっぽう、若いうちから医学教育をみっちり受けるので、

医師としての現役期間が長くなり、そのぶんベテラン医を多く要請できるというメリットもあります。

 

医学部編入制度は、アメリカ型・日本型のメリットをうまく取り入れ

融合させる目的で普及されたのです。

その歴史は意外と浅いです。

 

定員は従来の10名(大阪大学のみ)から、

総計して200名を超えることとなりました。

研究者養成目的の大阪大学は

すでに書いたように、大阪大学は他分野の人材を医学に迎え入れ、

医学の発展に寄与することを理念としていたので、

求める人材像は医学研究者もしくは研究マインドを持った医師でした。

 

しかしながら、上述の通達により、

良医育成を目的とした人材も受け入れざるを得なくなりました。

そこで、これまでの定員10名のうち、5~8名を従来のとおりの選抜とし

1~3名を研究者となることを前提としたカリキュラムに編入学させる

という方式を採用しました(前者をA選抜、後者をB選抜と呼びます)。

なお、この方式は2005年に廃止となっています。

 

いっぽう、名古屋大学、千葉大学などは研究者となることを前提としたプログラムに編入学させるなど、

研究者養成を前面にだしています。

このように、従来は研究志向が中心だった医学部編入制度は

2000年代になって人数が増えたのみならず、

対象が多様化したのです。

【2005年ごろ】 受験産業参入によるマニュアル化

募集人数が広がると、認知度が広まり、

医学部編入学を志望する受験者が多くなります。

そうなると、医学部編入学へ対策が「市場が求めるニーズ」となってきました。

そこをビジネスチャンスとみた教育業界が、「医学部編入学講座」を次々と開講しました。

代表的なのものが、河合塾KALSです。

 

予備校が参入することによって、

医学部編入学は格段に対策しやすくなりました。

いっぽう、元来ふさわしい学力レベルとモチベーションを持たない人材まで医学部に流入することとなりました。

これまでは大学教養レベルの基礎学力が定着した人材をコンスタントに取れていたのに、

予備校での対策をこなしただけの人が合格するようになり、

編入学後は大学の授業についていけずに留年したりする事態が多発したのです。

このように編入学生の質の低下を問題視した一部の大学では、

医学部編入学を取りやめる大学も出てきました。

このため、2005年には医学部編入学を実施する大学は、

国立大学が36校あり、募集人数の総計が260名でしたが、

現在は28大学210名程度です。

 

医師になるためには、医学部で多くを学ばなければなりません。

編入学試験は、本来、

入学後の多くの勉強についていけるかどうか」を試すものであり、

また本当に「医学の発展と自身の貢献をモチベーションに、生涯勉強し続けられる人材か」を見るものです。

予備校などの利用は否定しませんが、

本当に勉強のモチベーションと能力がある人材が医学部編入学しない限り、

今後医学部編入学制度そのものの存続が危ぶまれることになります。

まとめ

医学部編入学制度は、1975年、大阪大学で始まりました。

バブル時期には志願者数(倍率)が低下し、それに伴い定員が減少しましたが、

バブル崩壊後は倍率が元通り高くなっています。

2000年初頭、文部科学省の通達により医学部編入学を取り入れる大学が急増し、

募集人員が一気に増加したほか、

求められる人材も多様化しました。

医学部編入学で、

研究者志望者と、地域医療良医を求める大学に分かれるのはこういった経緯があるためです。

 

その後、予備校などのライセンススクールが参入し、対策しやすくなった一方で、

入学試験において、真に優秀な学力・モチベーションをもった受験者との区別が難しくなり、

編入学生の質の低下も叫ばれるようになりました。

医学部編入制度が存続していくためにも、

医学部に編入学した僕たちが、頑張っていかなければなりませんね。